2019年9月15日(日)、100年を記念して全国のシュタイナー学校の保護者が東京賢治シュタイナー学校に集まりました。
世界の100年、日本の30余年の歴史を振り返りながら「いま」を考えるために、ワークブック『LEARN TO CHANGE THE WORLD』もこの集いのために制作されました。
全国の保護者たちは、このワークブックを手に、「自分と他者を知る」「社会とのつながり」「学校運営」「協働を目指して」「家庭環境」「卒業生との交流」「学童保育の可能性」というテーマ毎に集まり、お互いの知見と親交を深め、100周年にふさわしい実りを胸に帰途に就いたのでした。
“社会イニシアティブ”世界フォーラム
プロジェクトリーダーより
100周年記念保護者カンファレンスに贈られたメッセージの全文です。ワークブックには紙幅の関係で一部を割愛して掲載したものです。
ジョーン・スリー「生命体としてのヴァルドルフ学校」
ヴァルドルフ教育の基礎となる、一つの理解があります。それは人間の中にはある精神的な実質が備わっていて、それが社会的な人々のコミュニティーに受け入れられ、養育されたとき、そのユニークな個性が展開することができる、ということです。公教育の古典的な内容も申し分のないものですが、ヴァルドルフのアプローチは学習プロセスの中にアートの質を取り入れようとします。それによってすべての子どもの中に生まれつき備わっている創造性と想像力を刺激しようとするのです。年齢に応じたカリキュラムと方法論を通して、発達の変わりゆくフェーズに配慮することで、一人ひとりの子どもは、恐怖やプレッシャーによってではなく、興味を抱き、熱心に学習するための動機付けを得ます。これによって生涯にわたる学びの可能性が促進されます。ヴァルドルフ教育が目指しているのは、一人ひとりの個人としての子どもが社会的に目覚め、自分の文化的環境の中に自信をもって参入できるようにすることです。そこでは思考における自由、感情におけるバランス、行為における責任を発達させようとしています。
第一次世界大戦の終結の後、ヨーロッパと周辺世界の社会には、社会的、経済的、人間的レベルでの強い苦しみと混乱がもたらされました。ヴァルドルフ・アストリア煙草工場のオーナーであったエミール・モルトは、この過酷な状況に応答するために学校を創立し、根本的に新しい社会秩序を促進する力をもった生徒たちを育てようとしました。彼は自分の労働者の子どもたちのための学校の教育監督となることをルドルフ・シュタイナーに依頼しました。社会におけるいかなる変革も、子どもたちの教育から始めるのが一番よいことに気づいていたからです。ルドルフ・シュタイナーはこの挑戦を引き受け、1919年9月、この種のものとしては最初の学校を開校しました。そして、教育へのこのホリスティックなアプローチは一つの文化的な出来事であり、「宇宙的な秩序の祝祭」 だと述べました。
そのため、ヴァルドルフ教育のユニークな特徴は、変わりゆく文明の中で新しい社会的能力を形成、育成しようとしていることにあるといえます。最初の中心的な特徴は、人間は身体的、社会的、精神的存在であるという理解が、カリキュラムの核心になっていることです。第二に、社会的な気づきと変革のための教育であるということです。社会的行為としての教育は、大人になって労働生活に参加するとき、細やかな感性と柔軟性、他者への共感、そして環境全体への深い関心と愛を備えているための基盤をつくるということです。第三のキー・エレメントは、教育への芸術的なアプローチです。これはストレスと神経の消耗に対抗するために、想像力と創造的な学びという生涯にわたるプロセスを促進するということです。
このような教育へのアプローチは、21世紀の増大するニーズや挑戦に向き合う可能性を備えています。ヴァルドルフ学校は、それぞれが生命体であり、個人の自由、権利の平等、アソシアチブな経済という社会有機体三分節化の特性を取り入れることで、高まりつつある人間の尊厳や地球の健康への気づきに寄与するものです。
ジョーン・スリー
2019年7月
ウテ・クレーマー
「2つの素晴らしい誕生日を祝う年」
2019年という年は、2つの素晴らしい誕生日を祝う年です。一つは社会有機体の三分節化運動、もう一つはヴァルドルフ教育、それらが生まれて今年は100年となる年なのです。この二つのできごとは、お互いに関係のあることでしょうか?
ええ、まさにその通りなのです!
社会三分節化運動なしに人間的な教育学はなく、自由な教育と文化の生活なしに社会三分節化運動もありえません。その二つが補いあってこそ、「平和文化の創造」が可能となるのです。シュタイナーは、第一次世界大戦という唯物主義の集大成のような大惨事を目の当たりにしたとき、そのことに気づきました。平和のための教育と三分節化した社会の構築という二つの課題の間の、この本質的なつながりを理解することは、それからの100年間にわたって、とても大切なことでした。人智学者だけでなく地上のすべての人にとってたいせつなことではありましたが、シュタイナーの実践的な知恵にアクセスすることのできた人智学者にとってはなおさらです。100年前、人智学者には特別な課題が与えられました。他の様々な世界観、他の様々な社会観、現代科学の研究、そして社会を変えるための他の様々な運動に対して自分を開き、それらと力を合わせていくことです。そんな行動の例が、例えばELIANTという市民運動です(P.26)。EU議会にまで働きかけて、より人間的な社会を作るためのアドボカシーをしています。もう一つの例は、子ども時代のためのアライアンスです(P.22)。子ども時代を守るという使命のために、ヴァルドルフ運動の枠を超えて活動しています。あるいは、ユネスコスクールのネットワークです(P.30)。人智学ととてもよく共通した方向を目指していると言えるでしょう。
21世紀を生きる私たちの課題は、人間の本質の中で自分自身を深めることであると同時に、他の人たちと力をあわせることにあります。視野と行動を広げるのです!
子どもたち、若者たち、そして大人たちも、私たちに深い問いを投げかけます。その問いの前に、私たちはときに無力感におそわれます。その無力感に耐え、前を向いて歩くことをあきらめないためには、たくさんの自己教育が必要です。例えば、生まれたばかりの子どもを観察してみましょう。その視線の中に、何を見ることができるでしょうか。赤ちゃんは目を見開いて「あなたは、私をこの世界にどのように迎え入れてくれるのですか? 大地にも魂にも命がなく、こんなに破壊されてしまったこの世界に?」と問うているようです。「私はあなたたちを助けるためにやってきたのですよ。霊界からの最新ニュースを伝えるために。でも、そのためには、まずあなたたちが私を迎えてくれないといけません。何年も何年も、たっぷりと私の世話をしてくれないといけないのです」。
確かに、私たちはときに無力を感じます。しかし勇気と自信を育てることがでるはずです。大天使ミカエルが助けてくれるからです。私たちは誰も、生まれてくる前にある霊的な領域を通り、人間が人間を信じるための、決してあきらめない勇気と信頼をミカエルから与えられています。そのためには、まず私たちが一歩を踏み出さないといけません。天秤の皿に、自分の小石を置くのです。その小石は、自分のいる場所でできることという小石です。でも、地球のことを考えながらおこなう行為です。
大切なことをまとめてみましょう。
- 自由:一人一人違う個の、自由で個別な発達のために他の運動と一緒に闘うこと
- 平等:自分が自分であること(例えば移民として、例えば同性愛者としての自分)の権利を尊重し、法律で保障すること
- 友愛:誰もが自分のニーズを満たすことができるように、生き残るためだけでなく、生きるために働くこと
ウテ・クレーマー
2019年7月

カンファレンス参加者の皆様:以下にワークブックの正誤表と補足があります。アイコンをクリックしてご覧下さい。
正誤表
ワークブックの中に誤りがありました。訂正してお詫びいたします。
- P.15 出来事欄
-
正:1975年(昭和50年)子安美知子 著『ミュンヘンの小学生』(中公新書)
誤:1965年(昭和40年)子安美知子 著『ミュンヘンの小学生』(中公新書)
- P.18 中央の写真説明
-
正:東京賢治シュタイナー学校(2017年)
誤:賢治の学校 新校舎(2004年)
* ほかに間違いを見つけられた方は、以下のメールにお知らせください。
ワークブック編集部: Waldorf100PC2019@gmail.com
ブックリスト追補版
ワークブックで紹介しきれなかった図書も、あわせてご紹介します。(赤字が追補版です。)
1919年
- ルドルフ・シュタイナー 著 『シュタイナー自伝(上下)』(アルテ2008年)
- カリスマを求めるのではなく、自分自身で立ってみる。彼の生き様から、運動の指針を探ってみよう。
- ヨハネス・ヘムレーベンによる評伝 『シュタイナー入門』(ぱる出版)
- 教育以外にも、芸術、医学、農業、建築、宗教等々、運動の広がりを実感しよう。
- ルドルフ・シュタイナー著 『シュタイナー 社会問題の核心』(春秋社)
- 書き下ろしによる数少ない社会有機体三分節化の論考です。教育自治の考えも明確に書かれています。
- ルドルフ・シュタイナー『社会問題としての教育問題』(イザラ書房)
- 社会有機体三分節化と教育の関係、機械文明がもたらす教育的課題など実際的なテーマが満載です。
1960~1980年代
- 子安美知子 著『ミュンヘンの小学生』(中公新書)
- 1975年に刊行された子安美知子さんの手記が、教育の現状に疑問を抱く多くの人の心をとらえました。日本のヴァルドルフ教育運動の原点となる本のひとつです。
2000年
- グループ現代『エンデの遺言-根源からお金を問うこと』(NHK出版)
- 交換のためのお金と融資のお金はどこが違う? 資本とは? 減価するお金とは? シュタイナーの経済学を踏まえたミヒャエル・エンデの議論から地域通貨ブームが広がりました。リーマンショックは8年後。
2002年
- 小貫大輔 著『ブラジルから来た娘タイナ 15歳の自分探し』(小学館)
- ブラジル生まれの二人の娘を連れて帰国、それぞれ公立中学校とシュタイナー学校に。その体験から、当時の学校教育の状況と多様な教育の必要性を、各国との比較を交えつつ鋭く温かく語ります。
2003年 「子ども時代」の参考図書
以下に紹介する《子ども時代》の権利シリーズは、一般書店では手に入りません。まず皆さんの学校の購買部にお尋ねいただき、取り扱えないようであれば以下ににお問い合わせください(頒価各250円)。
MARCO Company : marco113company@gmail.com
- 《子ども時代》の権利シリーズ1 「脅かされる子ども時代」(NOA企画)
- 《子ども時代》の権利シリーズの総論的な一冊。まずこの号を手に取ってみては。
- 《子ども時代》の権利シリーズ2 「子どもの発達と性教育」(NOA企画)
- 肉体としての誕生だけでなく人間の霊的な誕生をふまえた、性教育の考え方が参考になります。
- 《子ども時代》の権利シリーズ3 「テレビと《ことば》の発達」(NOA企画)
- あることがあたりまえの映像メディアとどう向き合うか。「ことば」の発達を切り口に考えます。
- 《子ども時代》の権利シリーズ4 「託児・保育の環境」(NOA企画)
- 託児や保育に保守的だったヴァルドルフ幼児教育者が、社会の必然としての託児・保育に向けて前向きに取り組んだ一冊です。
- 《子ども時代》の権利シリーズ5「メルヘンの意味」(NOA企画)
- 子どもたちがじっと聞き入るお話の世界は、子どもたちの成長にとってどんな意味をもっているのでしょうか。
- 《子ども時代》の権利シリーズ6 「麻薬と依存症」(NOA企画)
- 青少年の麻薬依存は日本では大きな問題になっていませんが、ヨーロッパの現状とその取り組みは、子どもを取り巻く環境を考える上で参考になります。
- 《子ども時代》の権利シリーズ7 「子どもとコンピュータ」(NOA企画)
- プログラミングが小学校のカリキュラムに入ろうとする時代に、先端技術との出会いを思慮深く準備してきた先人たちの知恵と試行錯誤の記録は参考になります。
- 《子ども時代》の権利シリーズ8 「行動障害か、個性ある行動か?」(NOA企画)
- 学習障害や行動障害など、個性的な特質をもった子どもたちをどのように理解し、向き合っていくのかを考えます。
- 『小児科診察室-シュタイナー教育・医学からの子育て読本』(水声社)
- 保健医学的な観点から、子ども時代に必要な生活環境へのアドバイスが網羅された類を見ない一冊です。
2005年
- 日本ホリスティック教育協会 編『持続可能な教育社会をつくる-環境・開発・スピリチュアリティ』(せせらぎ出版)
- 2005年に始まった「国連・ESDの10年」をきっかけに、日本のシュタイナー学校がUNESCOとつながりました。ヴァルドルフ教育とUNESCOの連携の可能性を理解するための良書です。
2006年
- 古山明男 著 『変えよう!日本の学校システム-教育に競争はいらない』(平凡社)
- 日本の教育の仕組みや、教育改革が効果を上げないわけなど、わかりやすく本質を突いた解説は必読です。「教育は文化現象だから国家が管理するべきものではない」との指摘は、ルドルフ・シュタイナーの社会論への理解が深い著者ならではの提言です。
2008年
- 中谷巌 著『資本主義はなぜ自壊したのか-「日本」再生への提言』(集英社文庫)
- リーマンショック当時の空気感がよく伝わる1冊です。グローバリゼーションがもたらしたものは何なのか、カール・ポランニーのビジョン、ベーシックインカムの考え方もわかりやすく解説されています。
- ゲッツ・ヴェルナー 著『すべての人にベーシックインカムを―基本的人権としての所得保障について』(現代書館)
- シュタイナー学校卒業生の起業家ゲッツ・ヴェルナーによるBI論。財源論とセットになった税制改革の考え方はルドルフ・シュタイナーの社会論に通じるものです。
このゲッツ・プランは映画化され、以下に公開されています。
http://bijp.net/data/article/127
2009年
- 斎藤文男 著『ポピュリズムと司法の役割 裁判員制度にみる司法の変質』(花伝社)
- 権力の暴走を防ぎ、マイノリティの権利を保護するための司法の独立性の意義をやさしく解説し、日本の司法制度の問題点を鋭く指摘する良書です。
2011年
- ナオミ・クライン 著『ショック・ドクトリン 惨事便乗型資本主義の正体を暴く(上下)』(岩波書店)
- ウォール街占拠で見事なスピーチをしたジャーナリストが、グローバル化する世界に取材した労作。経済が国家を飲み込み、経済的な焼き畑が世界中に広がっていく。人間精神の発展原理である弁証法の社会への悪用とルドルフ・シュタイナーが予見したこの流れを、止めることはできるのでしょうか。
2016年
- 多様な学び保障法を実現する会 編『教育機会確保法の誕生 子どもが安心して学び育つ』(東京シューレ出版)
- 普通教育機会確保法理解のために最良の一冊です。この法律を陰で支えた前川喜平元文部科学事務次官の、個人の尊厳を徹底して尊重しようとする思いの吐露は読む人の胸を打ちます。
2017年
- 子安美知子・井上百子 編『日本のシュタイナー学校が始まった日』(精巧堂出版)
- 学校法人シュタイナー学園の前身・東京シュタイナーシューレ誕生と発展を、当時関わった多数の人々の証言で浮き彫りにした一冊です。本書編纂が子安さんの最後の仕事となりました。
2018年
- 「デジタル時代の子どもの教育憲章」
- ITC教育、AI社会という言葉に踊らされないために読んでみたい。
https://waldorf.jp/education/digitalmedia/
2019年
- 「ヴァルドルフ教育の基本的特徴」
- 世界の多様な社会や文化のなかにヴァルドルフ教育が受容された今日、その発展のなかで、ヴァルドルフ教育がそのアイデンティティを失わないために確認された指針です。
https://waldorf.jp/education/movement/#keyCharacteristics